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2019/01/02

走田神社

2019年正月、初詣で久々に地元の「走田神社(はしりだ)」(京都府長岡京市)へ。そこで、風景が一変しているのにショックを受けた。

2018年9月5日の「台風21号」の被害で、走田神社の鎮守の森が壊滅的な被害を受けたそうで。かつての森が伐採され消滅していた。その結果、走田神社の神殿からは長岡京市や京都市の町並みを一望できる絶景が出現していた。

実は、昔の人は「この絶景」を眺めていたのかもな。絶景ポイントとして、新たな観光名所になるかも。いつの日か、走田神社の鎮守の森が再び復活するのを、元長岡京市民として願ってます。

絶景場所と変貌した走田神社(長岡京)

走田神社の説明板

鳥居からの風景

切り株と絶景

奉納された絵。かなり古い。いつの時代やろか。

2015/09/22

二条城

時はシルバーウイーク5連休。二条城へ。京都の世界遺産の中で唯一の城。武士のための建造物。江戸時代の建築と芸術の粋が見れる。江戸幕府の将軍の京都での別荘であり、大政奉還の歴史的舞台でもある。2011年から100億円と20年の歳月をかけて、建物の大修復を行っている。

 I went Nijo Castle that was a Kyoto villa for the shoguns. We can enjoy the finest architecture and artworks of Edo.

東南隅櫓。1603年(慶長8年)建造。二条城の顔のような存在。

威厳を放つ、唐門。
Kara-mon

唐門の花鳥風月の彫刻が凄い。修復されていて色彩豊か。

唐門の彫刻の一部、獅子。

二条城の説明板(日本語)

二条城の説明板(英語)

二の丸御殿(Ninomaru Palace)。中は撮影禁止。狩野派が手掛けた襖絵が凄い。大広間では、徳川慶喜による大政奉還が行われた。

二の丸御殿の入り口。彫刻の立体感がいい。修復前なのか色あせている。

「元離宮二条城」の説明板

二の丸庭園から見た二の丸御殿

二の丸庭園(Ninomaru Garden)をiPhone5のパノラマモードで撮影

二の丸庭園の説明板

二条城の地図。とても広大だ。二重の堀で囲まれている。

建物は消滅したが、石垣は当時のまま残っている。

巨大な灯篭

天守閣跡(Donjon)の説明板

天守閣跡。伏見城から移築したという5層の天守閣があったが、江戸時代に落雷で焼失し、石垣だけが残る。今は、京都市街を一望できる展望台になっている。天守閣が再建されれば、二条城のイメージが大きく変わると思われるが・・。京都市はどう考えているのだろうか。

天守閣跡からの絶景の眺め。
View from Donjon

天守閣跡から外堀を眺める。
Outer Moat

二条城に、赤い傘が似合う。
Nijo Castle looks good with a red umbrella.

異彩を放つ「本丸御殿」(Honmaru Palace)。明治時代に旧桂宮廷を移築したもの。内部は非公開(closed)。宮御殿の遺構として完全に残っており、大変貴重。なんだか存在感が凄い。

秋になれば、紅葉が綺麗だろう

発掘された旧二条城の石垣。近所の石仏、板碑、灯籠などを使ったらしい。

旧二条城の説明板

西門?の石垣

加茂七石
(八瀬真黒石・鞍馬石・畑石・糸掛石・紅加茂石・紫貴船石・畚下石)

加茂七石の説明板

清流園(Seiryu-en Garden)

清流園。名物「二条城ウエディング」が行われていた。

一口城主募金。2011年から100億円、20年かけて修復工事を行っている。

二条城前にある、懐かしの「京都国際ホテル」。2014年末に老朽化のため53年の歴史を閉じた。前の部署で、歓迎会、そして閉館直前に送別会をしてもらった思い出の場所。京都市の要望で、マンション化計画は断念して、再びホテルになるらしい。

二条城近くの駄菓子屋さん。

二条城近くのラーメン屋「七福神」で昼食。

「とんこつ醤油」「七福神ラーメン」どちらも美味そう。

「とんこつ醤油」に煮卵入りで注文。背脂スープ、細麺の組み合わせで美味しかった。また食べたい満足感あるラーメンだった。



2015/08/11

高野山

高野山へ。京都から約100km、電車を乗り継ぎ3時間で到着。空海が開いた真言宗の総本山。開創1200年。京都とはまた違ったオーラが漂う密教の聖地。現在も坊さんが1000人くらい暮らしている宗教都市。メインスポットは「奥の院」「金剛峯寺」。日本の仏教聖地で、精進し、心を清めてから、下界に下山した。

根本大塔

高野山に行く前の「高野山のイメージ」は、この「根本大塔」。実際に行ってみて、ここまで大きいとは思ってなくてびっくり。高さ48.5m。写真で人の大きさと比べるとその巨大さがわかる。現在の根本大塔は1937年に再建されたもの。空海が真言密教の根本道場におけるシンボルとして建立(887年)。多宝塔様式としては日本最初。曼荼羅世界を表している。

京都市から高野山まで約3時間、約100km

阪急⇒地下鉄⇒南海電鉄高野線と私鉄を乗り継ぐ。極楽橋駅でケーブルカーに乗り換えて高野山駅へ。そこから南海りんかいバスの「高野山内バス」で、高野山の各スポットへ。今回は阪急電鉄が発売する「高野山1dayチケット」(3090円)を使用。関係する電車、バスが1日乗り放題。ただし、今回は乗らなかったが、南海電鉄の「特急こうや」は別途特急料金が必要。

高野山1dayチケット(3090円)

ケーブルカーで、高野山駅に到着。標高867m。真夏でも暑さが和らぐ。

高野山ケーブル(南海鋼索線

最大傾斜約30度。所要時間5分。極楽駅と高野山駅を結ぶ。

高野山駅にあった胃腸薬のポスター。いかにも高野山っぽい雰囲気。

バスで「高野山駅⇒奥の院口」に移動。ここの「一の橋」から参道を歩く。

奥の院と一ノ橋の説明板

巨大な老杉の中にある参道

奥之院の大杉林

伊達家の墓所

司馬遼太郎の文学碑

織田信長の墓所

「織田信長の墓所」は参道から少し入ったところにある。織田信長は、比叡山延暦寺の焼き打ちの後、高野山を包囲、高野聖(こうやひじり、信仰を広める人)を惨殺した。戦闘は決着がつかないまま長期化してるうちに、本能寺の変が起こり信長が倒れ、高野山は難を逃れた。

パナソニック墓所

戦国大名の墓所だけでなく、震災の供養塔、経営者や企業の墓所もある。