ラベル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021/08/22

ボイスティク革命

 緒方憲太郎『ボイスティク革命』を読了。2016年Voicy起業。音声市場。聴く習慣。ながら聴き。人軸の時代。NFT。場。満足度★★★★☆。

Voicyのファンなので、創業者の解説する「革命⇒新しい価値の創造」の話はとても興味深く、面白かった。「ボイスティク(音声×技術)」が、人間社会のありとあらゆる分野に関係している。これも、単一技術の話ではなく、社会を「アーキテクチャ」として全体像をとらえる「コトづくり(音声編)」の話だな。

【キーワード】

声のブログ。クラブハウスブーム。ボイスティク革命を過小評価。スマートスピーカー。ワイヤレスイヤホン。ポッドキャスト。スポティファイ。音声コンテンツ。スマホ以来の大革命。インターフェース(人と情報の接点)。「音声×IoT」生活しながら情報収集。検索技術の進化。パーソナライズ⇒広告⇒マネタイズ。新たな潮流。広大なブルーオーシャン。日本語は参入障壁。声で操作できる音声OS。AirPods。ノイズキャンセリング機能。アメリカ、車社会、聴く文化、オーディオブック市場。中国「ヒマラヤFM」。ナレッジシェア(知識の共有)。Zoom疲れ。可処分時間。パラダイムシフト(認識や価値観の劇的な変化)。YouTube、TikTok、プラットフォーム誕生、急成長。ワーママ(働く女性)⇒ながら聴きできる音声コンテンツ。コンバージョン(会員登録や購入など成果に結びつくアクションを起こすこと)。心理操作で要求を刺激することが目的化。人軸の時代。音声検索に慣れた「ボイスネイティブ」な若者。音声独自の魅力。ボイスメディア。人工音声。東芝が開発、コエステーション(コエステ)。声紋認証。音声IoT。音声「感情を動かすメディア」。受信者の感情分析。NTT、生体音を集める検査着。音声から心身の病態を可視化。音声DX。英語「口語文化」、日本語「書き文字文化」。日本の強み「コンテンツの独自性」。日本の声優文化。ポッドキャストのエコシステム(業種・業態を横断した協業で共存共栄していく仕組み)が新しい体験を生み出す。音声入力。「マジメな音声(業務効率化)」と「チャラい音声(エンタメ)」の橋渡し。ワイヤレスイヤホン⇒「聴覚の拡張」は「人間の拡張」。音声SNS⇒「寂しさ」「つながり」。耳の奪い合い。

2021/07/17

QRコードの奇跡

QRコードをどのように使うかはアイディア勝負だ。
革新の神は局所に宿る(The God of Innovation dwells locally)。

小川進『QRコードの奇跡』を読了。デンソーQRコードの開発物語。オリジナルの二次元コードを開発⇒国際標準化。満足度★★★★★。

「QRコードがどのように生まれたのか」がとてもよくわかる内容だった。新技術、新製品の開発そして社会実装に至るのに必要な要素がたくさん出てきて、とても参考になった。DXという言葉は本中には登場しなかったが、「QRコード」はDXの重要な要素になってきている。中国で普及している「QRコード決済」はまさにその代表例。QRコードと「○○」の新結合のアイデアをいかに生むか。その有無にCX(会社変革)とIX(産業変革)の成否がかかっている。

【キーワード】

トヨタ「かんばん」の電子化。国際標準化。オープンソース化。セブン-イレブンや携帯電話、全日空、銀行ATM、駅のホームドアでの導入。QRコード決済。マイクロQR。セキュリティ。トヨタ生産方式、スクラム型開発、両利きの経営、ユーザーイノベーション。 

2019/03/21

ホモ・デウス

話題書『ホモ・デウス』の上巻を読了。人類が自らをアップグレードして、ホモ・サピエンスからホモ・デウス(神)に変える、という話。「虚構による大規模な協力」というのがキーワード。歴史を学ぶ意義も登場。著者ユヴァル・ノア・ハラリの前作『サピエンス全史』も凄かったが、本作も凄いな。面白過ぎ。下巻も楽しみ。視点をアップグレードせねば!


2017/01/08

神去なあなあ夜話

電子書籍で、三浦しをん『神去なあなあ夜話』を読んだ。映画『WOOD JOB! 〜神去なあなあ日常〜』の原作『神去なあなあ日常』の続編。林業の仕事に就き、神去村に根をはりながら成長する勇気。神去村の主要メンバーの理解が深まる。満足度★★★★★。


神去村の人間関係や過去の話が面白い。爆笑シーンが多い。感動する話も。自分が三重県に移住してから読むのは、なんだかタイミング的に興味深い。

架空の村「神去村」は、三重県津市の「美杉村」だそうで、著者三浦しをんの父の出身地だとか。

作家「三浦しをん」にかなり興味をもった。『まほろ駅前多田便利軒』は読んだが、『風が強く吹いている』『舟を編む』など他の著作も読んでみたい。


2017/01/06

君の名は。Another Side

『君の名は。Another Side』を読んだ。三葉のまわりの人の話。瀧、テッシー、四葉、父。二葉の話で理解が深まる。満足度★★★★★。

この世のすべてはあるべきところにおさまるんやよ。(by.二葉)

なんだか、『エヴァンゲリオン』のゲンドウとユイの関係に似てる気がした。

四葉の「小学生的な哲学じみた考え」が面白かった。



2016/11/03

さよならドビュッシー

中山七里『さよならドビュッシー』を読んだ。全身大やけどを負った少女が天才ピアニストの指導の元、コンクールを目指す。スポ根の音楽ミステリー。第8回「このミステリーがすごい!」大賞作品(2010年)。満足度★★★★★。

中山七里『さよならドビュッシー』

本棚に長年眠っていたこの本を、ふと手にして、通勤電車&バスで連日読んでいたのだが、犯人が明かされる場面では「衝撃」が過ぎて、職場前のバス停を二つも乗り過ごしてしまった・・。この衝撃は、今世間を賑わしている映画『君の名は。』の話が急展開する場面(ネタバレになるので自粛)に相当するレベルだった。「そう来たか・・」。これぞ、ミステリーの醍醐味。脳の刺激(ショック療法)にいいな。

「音楽ミステリー」だけに、ドビュッシー作品をはじめ、ピアノ名曲がたくさん登場。『さよならドビュッシー』は、橋本愛主演で映画化もされているので、結末は知ってしまったが、ストーリーとともに主人公が奏でるピアノ演奏曲も聴いてみたい。

「ドビュッシー」と言えば、大学生の時、合同春合宿を一緒に行った岡山大学ヨット部に、ヨット部ネーム「ドビュッシーさん」がいたなぁ。こういうことは、印象強すぎて、よく覚えている。他にも「エログロさん」や「シモネッタさん」という名前も・・。

最近は「ビジネス書」「環境問題」「政治、歴史」関連の本ばかりを読んでいたので、ミステリー小説は久しぶり。今回受けたの「衝撃」で、再び小説熱に点火したかも。四日市移転後は、通勤時間が大幅に短縮されるので、家での「読書時間」を、これまでより多く確保できるかな。

2016/09/17

陸王

池井戸潤『陸王』を読んだ。足袋作りの老舗が、新規事業の「ランニングシューズ」のモノづくりに挑む。勝利を信じろ!満足度★★★★★。

めちゃめちゃ面白かった。さすが、池井戸作品。モノづくりの「情熱」「現実」「壁」「挫折」「裏切り」「アイデア」「発想の転換」「つながり(紹介、人脈)」「偶然」「チームワーク」「根性」、そして「勝利」がいかんなく描かれている。中小企業vs大企業。資金繰りのリアルな展開。マラソンランナーとシューズメーカー。若者の就職活動の苦難と成長。3回ほど涙する場面あり。ええ話やで。「名言」もたくさんあり。モノづくりに携わる中堅エンジニアとして、モチベーションがかなり上がった。

池井戸潤『陸王』
【語録】

・安い。「高く」ではなく「適正価格」で売れと言っているんだ。安売りしていいことは何もない。「安ければ売れる」というのは、商売を知らない奴の錯覚だ。

・私たちが提供しているのは、シューズだけどシューズじゃない。「魂」なんだよ。モノづくりをする者としての「心意義」というか、「プライド」というかね。

・「ノーリスクの事業」なんてない。ビジネスの原則だ。進むべき道を決めたら、後は「最大限の努力」をして可能性を信じるしかない。でも、実はそれが一番苦しい。「保証のないものを信じる」ってことが。まさに今、直面しているのが「将来を信じることの難しさ」だ。ともすれば困難な現実に打ち負けそうになる。「自分との闘い」でもある。

・ビジネスとは「一人でやるもの」ではない。「理解してくれる協力者」がいて、「技術」があって、「情熱」がある。「ひとつの製品をつくる」こと自体が、「チームでマラソンを走る」ようなものなのだ。

・何かに賭けなければならないときは、必ずある。そうじゃなきゃ、人生なんて面白くない。「人生の賭け」には、それなりの覚悟が必要。そして、勝つためには全力を尽くす。愚痴を言わず、人のせいにせず、できることは全てやる。そして、結果は真摯に受け止める。「全力で頑張っている奴」が、全ての賭けで負けるかとはない。いつかは必ず勝つ。

・必ずしも「品質の高いものなら売れる」というわけではない。「品質が高い」ものならいくらでもある。だけど「品質が低くても、売れるもの」はない。それが現実だと思った方がいい。売れるかどうかは予測不可能。商売ってのは元来、そういうもの。だから面白い。

・中でも特に教えられたのは「人の結びつき」だ。「金儲け」だけでなく、その人が気に入ったから、その人のために何かをしてやる。喜んでもらうために何かをする。カネのことはさておき、納得できるものを、納得できるまで作る。損得勘定なんて所詮、カネの話なんだ。それよりも、もっと楽しくて、苦しいかもしれないけれど、面白くて、素晴らしいことがあるんだな。それを「陸王」が教えてくれた。

・もし、世の中から「おカネっていう価値観」を取り払ったら、後には、「本当に必要なもの」や「大切なもの」だけが残るのだろう。

・「順風満帆の人生」なんてない。とくに経営はそうだ。いつだって苦しい。いまもだ。だけど、私には「全てを失った経験」がある。「絶望」を知っていることが、今や私の強みになり、欠かせないアイデンティティになっているのは、なんとも皮肉なことだ。

・あんなのはいくらでもいる。大企業の看板にあぐらをかいて、仕事の中身よりも、社名や肩書きにプライドを感じる連中が。仕事の質や誠意より、「利益を優先」させるような奴らなんて、世の中にはゴマンといるんだ。むしろ、ああいう奴らの方が多数派かもしれない。苦労を知らない。だから連中はダメなんだ。苦労を知らない人間ほど、始末の悪いものはない。

・世の中というのは、糾(あざな)える縄のごとし、ですね。

【禍福は糾える縄の如し】不幸と幸福は、より合わせた縄のように交互にめぐってくる。

Sadness and gladness succeed each other.
(悲しみと喜びは交互にやってくる )

・これからが本当の戦いだ。オレも、お前も。どんなときにも、勝利を、信じろ!


(池井戸潤『陸王』)

2015/12/19

下町ロケット2

池井戸潤『下町ロケット2 ガゥデイ計画』を読んだ。中小企業の佃製作所が、ロケット用バルブに続き人口心臓用バルブの開発に挑む。佃製作所vsサヤマ製作所の戦い。医療機器分野の開発の問題。下請を見下す大企業の横暴。組織の論理で出世のため権力をふりかざす医師。満足度★★★★★。

今年はビジネス書ばかり読んでいたので、小説を読むのは久しぶりな気がする。前回の直木賞受賞作品『下町ロケット』は5年前の作品なので、「凄く面白かった」以外は、どんな内容か詳細を忘れてしまっていたが、今回の続編も、読み応えありーの、感動ありーの、でとても面白かった。「大組織の弊害(官僚主義)」として、大企業と医療業界の問題、そして今回も「中小企業のモノづくりの苦悩」がリアルに描かれる。エンジニアとして共感する場面も多く、読書後に仕事に対するモチベーションがアップした。電池は1日にしてならず。


【語録】

・開発には「ブラックボックス」がある。理詰めや数式で解決できる部分は実は易しい。あるところまで行くと、理屈では解きあかせないものが残る。そうなったら、「徹底的に試作品を積み上げる」しかない。作って試して、またつくる。失敗し続けるかもしれない。だけど、「独自ノウハウ」っていうのは、そうした努力からしか生まれないんだ。スマートにやろうと思うなよ。泥臭くやれ。頭のいい奴ってのは、手を汚さず、綺麗にやろうとするキライがあるが、それじゃだめだ。

・組織の中にいて「出世する」ことに目覚めてしまった。若い頃ならともかく、だんだんと出世して権力を持ち始めると、その魔力に取り憑かれてしまうのかもしれない。組織ってのは往々にしてそういうもの。出世が結果ではなく目的になってしまった人間は、本来、「何が大切であるか」がわからなくなってしまう。人の命より、目の前の出世を優先するようになる。そういう人を最も確実に目覚めさせるものがあるとすれば、それは「挫折」。組織で頑張っている連中ってのは、出世競争から外れると、魔法が解けたように我に返ることがある。「いったい俺は何をやっていたのだろう」「人生にとって、もっと大切なものがあるんじゃないか」ってね。

・技術でいくら勝とうと、これはビジネスだ。受注できなければ、その技術は生かせない。その意味で足りなかったのは「営業戦略」ではなかったか。なまじ特許がある故に、単独開発以外の発想が無かった。あまりに「正攻法過ぎた」のかもしれない。

・実際に作るとなると、図面のままではうまくいかない。素材に関する知識と、求められる動きに合わせた微調整が必要。そこから先は極めて専門性の高い職人技だ。行くとこまで行っちまうと、一般論だけでは品質は語れないんだよ。そこから先は「経験」なんだ。その蓄積が「ノウハウ」になる。バルブは1日にしてならずってな。

(池井戸潤『下町ロケット2 ガゥデイ計画』)

2015/07/11

非道に生きる

「映画の外道、映画の非道」を生き抜きたい。その気持ちは、自分の人生そのもの。

園子温『非道に生きる』を読んだ。園子温監督の回想録。非道であれ!「自分が面白いと思った事を追求」すればいい。満足度★★★★★。

園子温『非道に生きる』

園子温監督の映画はこれまで『紀子の食卓(2006年)』『愛のむきだし(2008年)』『冷たい熱帯魚(2011年)』『恋の罪(2011年)』『ヒミズ(2012年)』を観た。フクシマ原発事故を題材にした『希望の国(2012年)』が気になっていたがまだ観れていない。今ちょうど『ラブ&ピース』が上映中。観てこうかな。

鬼才、園子温監督が「自分の半生」と「映画」について語る。異端という言葉がよく似合う「普通じゃない映画」がなぜ生まれるのか。その「思考プロセス」と「行動プロセス」がわかり、とても面白かった。逆に、この本を読んだり、監督の話を聞かないと、園子温映画の「特殊性」は理解できないな。「異端、過激、エログロな映画」と言われたり、「性、暴力、震災」が映画テーマであったり、「詩」が多用されたり(『愛のむきだし』での圧巻シーン!)と、なぜWhyの部分。

「普通な人」が作った映画は、もちろん面白くない。「普通じゃない人」が作るから、面白い映画になる。「極端だから、人をひきつける」という本表紙の副題は、そのことを指している。

前世紀「大量生産・大量消費」の時代には、製品だけでなく、文化も、ばらつきの少ない、均一なモノを求められた。それは「ハズレが少ない」が、逆に「無味乾燥で面白くない」もの。そこでは品質安定のため「異端」は極力排除される。しかし、「モノ」は均一性を高められても、人間そのものは、そもそもがファジー(Fuzzy、あいまい)な本質を持つ存在だから、矛盾により「歪み」が現れるのは必然。

「クズ同然」と言われたらしい園子温監督の人生前半は、順応するのではなく、そんな「歪み」に立ち向かう。その「もがき模様」をイメージしながら読んだ。その無茶苦茶な人生経験のほとんどが、のちの映画作品に反映されるから、映画の世界は面白い。「東京ガガガ」のエピソードが強烈に印象に残った。

移り変わって、現在、21世紀の「脱工業社会」では、「多様性を重視」する成熟社会への移行期として、何かと「普通じゃないもの」が求められる。製品しかり、文化しかり。そういう意味で、園子温監督の映画は、まさに「21世紀タイプ」。時代が追いついてきた、という感じか。

本の中で、「世界に影響を与えた日本映画界の巨匠」ということで、小津安二郎、黒沢明、木下惠介の名前が出てくる。これらの「巨匠の作品」つまり「日本の黄金期の映画」は全然観てないので、毎週どんどん公開される新作とは別に、21世紀に生きる日本人としてこれらの映画も観てみようと思う。

そして、「映画⇒研究開発」と置き換えると、「21世紀社会でのエンジニアの役割」が見えてくると思う。


異端モノ
普通でないが
面白い


【園子温語録】

・「園子温の映画は血が凄い」とよく言われる。血は詩と同じ。映像でどう「血のように赤い」を表現するか。詩的な比喩として血を登場させる。ポエムなのだ。詩で使われる比喩の表現を文字通り、映像に叩きつける。

・「映画が巨大な質問状」であるからには、反応は観客の想像力に委ねる。映画の中で想像力を誘導したりしない。僕は映画の中でたくさんのことをしゃべるが、そもそも「答え」は用意していない。

・「リアリティ」に触れるための取材が好き。取材とは第一に「人に会う」こと。文献や資料はいまいち信用できないし、「本音」がでてこない。実際に現地で人に会うと分かってくることがたくさんある。

・映画に込めるべきは「情報」ではなく「情緒」。整理整頓された言葉を仕入れたいのなら、本を読めばいいし、報道を観ればいい。映画の中の言葉は、市井の人々の肉声でいい。

・役者に「それはお前の人生経験がユルいからだ」と忠告する。

・映画に期待される役割は二つ⇒「満足させる映画」「覚醒させる映画」。政治、社会、人生に対する要求不満を解消、要求のはけ口となってすっきりさせるのが「満足させる映画」。まったく逆で、見たくない暗部を見せることで、人を怒らせたり苛立たせたり、感情を逆なでして緊張を生み出すのが「覚醒させる映画」。両方を撮っていきたい。

・「家族」という小さな血縁共同体、その崩壊が物語の太い柱になっている。「絆」というよりも、歳月を経ても決して消し去ることのできない「血の関係」。それこそが一番強いドラマになりうる。

・「特殊じゃない人」はいない。自分達は「ありふれた幸せ」を望んでいたのにも関わらず、そいういう幸せは手に入らない。つまり「平均値の家族」になれない。なのに「うちの家族だけは平均的な家族だ」と思い込むようにしている所がある。「家庭内に特殊性が潜んでいたとしても、目をつぶっていかなくてはならないと思い込んでいる」ことが、すべての問題。「自らが特殊であることを認め、受け入れ、お互い許す」ということが革命的に行われたならば、家族は本当に内側から変われる。


2015/04/29

「走る小説家」村上春樹

誰が何と言おうと、それが僕の生まれつきの性格(ネイチャー)なのだ!

村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』を読んだ。「走る小説家」村上春樹が「走ること」を中心に書いた自伝的エッセイ。満足度★★★★☆。

「ノーベル文学賞をとるのでは」と毎年秋の風物詩と化している作家の村上春樹。2009年のエルサレム賞授賞式でのスピーチ『壁と卵』、2011年には「カタルーニャ賞受賞スピーチ(『非現実的な夢想家として』)」で、福島第一原子力発電所の事故について「私たち日本人は核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった。技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだった」と言及したり、最近は『村上さんのところ』というWEBサイトで質問に答えたりと、「社会派の作家」として光っている。

その一方で、村上春樹は「走る小説家」と呼ばれるほど、走ることに情熱を燃やしているらしい。全然知らなかった。この本は、「走る」ことと「小説を書く」ことは、その過程が大部分において似ている作業である、といった話。

「なぜ走りはじめたか」や「どんな事を考えながら走っているのか」「トレーニングの考え方」など、「走る」ことについて、独特の「ハルキ節」で語る。ランニングにはじまり、フルマラソン、ウルトラマラソン、最後の方はトライアスロン。まさに情熱ランナー。「走ること」とともに、「なぜ小説家になったのか」という自伝的なところもあり、そこも興味深くて面白かった。

最後の「墓碑銘」のとこが、いかにも村上春樹といったカンジでかっこいい。このラストを先に決め、その過程をブレークダウンして、エッセイを書いていった気がする。

墓碑銘にはこのように刻んでほしい。「村上春樹、作家(そしてランナー)、1949-20**、少なくとも最後まで歩かなかった」。今のところ、それが僕の望んでいることだ。

村上春樹は「ハルキスト」と呼ばれる熱狂的はファンを世界中に多く持つ。人気の要因は「無意識の世界を書いているから」との記載が本書にあった。学生の時は『ノルウェイの森』でハマリ度を感じたが、他の作品では、イマイチはまらなかった。しかし、社会人10年目をいつの間にやら超えた今なら、「ハルキスト」になれかるかもしれない。機会を見つけてぼちぼち村上春樹作品を読んでみよう。まずはデビュー当時の作品『風の歌を聞け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』あたりを。今のところ、それが僕の望んでいることだ。


【ハルキ語録】

・「身体が今感じている気持ちの良さをそのまま明日に持ち越す」ように心がけている。長編小説を書いているときと同じ要領だ。「もっと書き続けられそうな所」で、思い切って筆を置く。そうすれば翌日の作業のとりかかりがら楽になる。断続すること。リズムを断ち切らないこと。「長期的な作業」にとってはそれが重要だ。いったんリズムが設定されてしまえば、後はなんとでもなる。しかし、「弾み車が一定の速度で確実に回り始める」までは、「継続」については、どんなに気を使っても、気を使い過ぎる事はない。

・ほんのささやかな「ありきたりの出来事」。でも、僕にしてみればそれなりに意味を持つ。有用な思い出だ。僕は、様々なありきたりの出来事の堆積の末に、今ここにいる。

・自分が興味持つ領域の物事を、自分にあったペースで、自分の好きな方法で追求していくと、知識や技術が極めて効率よく身につくのだということがわかった。翻訳技術にしても、そのようにして自己流で、身銭を切りながらひとつひとつ見につけてきた。だから一応のかたちがつくまでに時間もかかったし、試行錯誤も重ねたが、その分学んだことはそっくり見についた。

・人生には「優先順位」というものが必要になってくる。時間とエネルギーをどのように振り分けていくかという順番作りだ。ある年齢までに、そのシステムを自分の中にきっちりこしらえておかないと、人生は焦点を欠いた、メリハリのないものになってしまう。⇒小説の執筆に専念できる落ち着いた生活の確立を優先。

・「みんなにいい顔はできない」。店の経営も同じ。十人に一人が「なかなか良い店だな。気に入った。また来よう」と思ってくれれば、それでいい。「十人のうち一人がリピーター」になってくれれば店の経営は成り立つ。逆に言えば、十人のうち九人は気に入ってもらえなくても、別にかまわない訳だ。そう考えると気が楽になる。しかし、その「一人」には確実に、とことん気に入ってもらう必要がある。そのためには、経営者は、「明確な姿勢と哲学」のようなものを旗印として掲げ、それを辛抱強く、風雨に耐えて維持していかなくてはならない。それが店の経営から身をもって学んだことだった。

・人間というのは、「好きなこと」は自然に続けられるし、「好きでないこと」は続けられないようにできている。

・学校で僕らが学ぶ最も重要なことは、「最も重要なことは学校で学べない」という真理である。

・小説を書くのは不健康な作業。文章を用いて物語を立ち上げようとするとき、「人間存在の根本にある毒素」のようなものが抽出され表に出てくる。作家は毒素と正面から向き合い、危険を承知で手際よく処理していかなくてはいけない。毒素なしでは、真の意味での創造行為をおこなうことはできない。

・職業的小説家は、危険な体内の毒素に対抗できる「自己免疫システム」を作り上げなくてはいけない。真に不健康なものを扱うには、人はできるだけ健康でなくてはいけない。それが僕のテーゼである。「不健全な魂」もまた、「健全な肉体」を必要としている。

・若死にまぬがれた人間には、その特典として確実に老いていくというありがたい権利が与えられる。肉体の減衰という名誉が待っている。その事実を受容し、それに慣れなくてはいけない。

・歳をとるにつれて、様々な試行錯誤を経て、拾うものは拾い、捨てるべきものは捨て、「欠点や欠陥は数え上げればきりがない。でも良い所は少しくらいあるはずだし、手持ちのものだけでなんとかしのいでいくしかあるまい」という認識にいたる。

・身体が僕に許す限り、走り続けるだろう。フルマラソンを完走するという目標に向かって。これまでと同じような努力を続けていくに違いない。誰が何と言おうと、それが僕の生まれつきの性格(ネイチャー)なのだ。

(村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』)

【豆知識】

・村上春樹の父は京都府長岡京市の浄土宗西山派「光明寺」住職の息子。

2015/02/16

原発ホワイトアウト

原発はまた必ず爆発する。

若杉冽『原発ホワイトアウト』を読んだ。原発再稼働をめぐる現役官僚告発的小説。日本を牛耳る「電力モンスターシステム」。満足度★★★★★。

「原発再稼働」をキーワードに、「電力業界と政治」の世界の仕組みや、官僚の世界、マスコミがどのように動いているか、支配しているかがよくわかる小説だった。とても面白い。現実の日本社会の勉強になる。世の中の動きを正確に知ろうとしたら、表だった「きれい事」を学ぶだけではなく、なかなか表には出てこないが実際日本社会を支配している「裏社会システム」も知る必要がある。

「反原発の人達をいかに潰していくか」の方法がリアル感たっぷりでまた恐ろしい。実際行われている手法なのだろう。「電力モンスターシステムに組み込まれた人達」が収入を得て生活のためとはいえ、「誠実さ」がまったくない世界だな。

これまでは、このモンスターシステムで動いてきた日本だが、今後も維持できるとは限らない。はやり東日本大震災が「転換期」として大きなきっかけになっている。次の大きな分岐点は、この小説中にも登場した「2016年、電力完全自由化」。

日本が良い方向に向かえばいいが、最悪のシナリオは、この小説がシュミレーションするような「原発再稼働⇒再び原発爆発(メルトダウン)」で、原発立地周辺だけでなく広範囲で日本の土地で住めなくなり、日本社会は崩壊する、かもしれない。他の問題はなんとかなるかもしれないが、「放射能汚染」だけは、その土地に半永久的に住めなくなるので、どうしようもない。フクシマ原発事故を経験してもなお「そのリスク」を許容できるのかどうか。

また「小説」という形だから、多くの人に届きやすい。「人間はストーリーが好き」だから、頭にも入り易く、残りやすい。

次ぎは著者の第二弾『東京ブラックアウト』を読もう。


【語録】

・10電力会社による地域独占、原発の推進、それによってもたらされる政界と財界た官界の結びつき。

・これからの課題。「再稼働」「電力システム改革の阻止(発送電一貫体制、原発の堅持)」「世論対策(料金値上げの容認)」。

・電力システム改革のゲームには、電力会社や政治家が参戦する。しかし、制度の細部の決定権を最後の最後まで放さないことが官僚パワーの源泉なのだ。

・日本の社会は「仕切られた多元主義」だ。人材の流動性が低い中、それぞれの組織が独自の利益を極大化しようと志向すれば、全体としては最適な結果をもたらさない。人口ボーナスで逃げ切れる団塊の世代は、それでいいのかもしれないが、人口減少の時代にあって、これから生きて行く若い世代は違う。

・日本の社会は「組織の中で個人が飼い殺しにされる構図」である。多くの組織の中堅どころは、それに気がついている。

・電力会社が総括原価方式によってもたらされる超過利潤(レント)によって、政治家を献金やパーティー券で買収し、安全性に懐疑のある原発が稼働し、再び事故が起こるということは、何としてま避けなければならない。

・電気料金という名の会社の売り上げは、天から降ってける。景気動向には、それほど左右されない。努力しなくても、売り上げの結果は変わらない。創意工夫の余地もない。必然的に、支店の社員は、仕事の中身ではなく、仕事以外の事柄、趣味に打ち込むのであった。

・「政党交付金」が表の法律上のシステムとすれば、「総括原価方式の下で生み出される電力料金のレント、すなわち超過利潤」は、裏の集金・献金システムとして、日本の政治に組み込まれることになった。このモンスターシステムは、日本の政治に必須の動脈となった。近年の構造改革路線で、ゼネコンや医師会の利権が痛めつけられていることからすると、もはや日本では最大最強の利権になっている。

・ルールというのは、いくらでも穴があるものなのだ。

・「原発を再稼働させないと電気料金はどんどん上がる」という構図を示し、大衆に理解させれば、徐々にアンチ原子力の熱は冷めていく。「原発事故もいやだけど、月々の電気料金の支払いアップも困りますよね」とワイドショーのコメンテーターが呟(つぶや)けばよいのである。大衆は、ワイドショーのコメンテーターの意見が、翌日には自分の意見になる。

・原発事故直後は、「停電か、再稼働か」という二者択一を迫ったが、図らずも国民の節電意識が浸透し、原発が動かなくても電気が足りることが立証されてしまった。この手がつかえないとなると、次は「値上げ」で大衆を脅すしかない。

・大衆は常に「自分よりうまくやる奴」を妬み憎む。「公務員でもないのに競争がないなんて許せない」「競争がないなら電力会社の経営は合理化されていないはずだ」「電力会社同士で競争させれば料金は下がるはずだ」と大衆は思っているのだから、電力業界で競争原理の導入を謳った「電力システム改革」の実施を政府で決めて、これからは競争が起きると大衆に信じさせればよい。

・原発を動かすと、10万年もの間、放射線を出し続ける核のゴミが出てくる。フクシマのように事故のリスクもある。費用も安くない。これじゃ、原子力は否が応にも進まない。進めるメリットがないから。だからこそ、絶対に「もんじゅ」は動かさなくてはいけない。原子力政策の正当性を維持し、原子力ムラの飯の種を維持するためには、「もんじゅが動く」と言い続けないと、原子力の神話が崩壊する。

 ・周辺住民の日常生活を一瞬にして破壊してしまう原発事故のリスク。

(若杉冽『原発ホワイトアウト』)


【追記】

橋本勝さんの『脱原発憲法』と『反原発』の風刺マンガ。「原発再稼働」と「電力モンスターシステム」の『原発ホワイトアウト』を読んだ直後だけに、この風刺漫画のメッセージ性を強く感じる。


(橋本勝さんの『脱原発憲法』)


2014/09/20

銀翼のイカロス

池戸潤『銀翼のイカロス』を読んだ。半沢直樹シリーズ最新巻。航空会社の再建問題。債権放棄と政治スキャンダル。超一流のバンカー達の仕事ぶりに、最後しびれた!満足度★★★★★。



【語録】

どうするもこうするも、「自分が正しいと思うことをする」しかないだろう。

渡る世間は鬼ばかり。

正論がいつの間にやら端に追いやられ、詭弁がそれにすり替わる。考え過ぎた挙げ句、時としてバカでもやらないような事をするのが組織というやつだ。

腐った連中が、今やお偉いさんになって、この組織でのさばっているとあっちゃあ、どうにも気分が悪いってもんだろう。世の中、正義はないのかって話だ。

隠し通せばいいってもんでもない。隠蔽は隠蔽を生む。隠蔽はあくまでも結果であって、原因は組織の体質にある。銀行の信用ってのは、それを乗り越えた所になくちゃダメなんだ。  

徹底的にやらせてもらう。警察にあって銀行にないものが一つある。それは、時効。すでに回収されていようと、銀行員には時効はない。きっちりけじめをつけるのが、バンカーの掟だ。

どこかに突破口があるはずだ。

銀行において、「情報の優劣」が物事の勝敗を決する場面は少なくない。

たとえ相手が政治家だろうと、関係ない。この際、きっちり片をつけてやる。やられたら、倍返しだ!

身の丈に合わない欲を掻くから、面倒なことになる。人もそうだし、実は会社だってそうだと思う。「できもしないことをやろう」とするから無理がある。結局、そんな会社は誰も幸せにしない。社業もうまくいかないし、社員だってストレスで参ってしまう。全ての会社には、その会社に合った「身の丈の欲」ってのがあるんですよ。

水は高い所から低い所へしか流れない。つまり「自然な流れ」ってのがある。因果応報が世の中の理だ。であれば、それに従うのが一番楽だ。欲を捨てれば「真実」が見えてくる。悪いものは悪い。いいものはいい。要は、それだけのことなのだ。

物事の是非は、決断したときに決まるものではない。評価が定まるのは、常に後になってからだ。もしかしたら、間違っているかもしれない。だからこそ、「今自分が正しいと信じる選択」をしなければならない。決して後悔しないために。

(池井戸潤『銀翼のイカロス』)

2014/09/07

自然エネルギー革命をはじめよう

高橋真樹『自然エネルギー革命をはじめよう、地域でつくるみんなの電力』を読んだ。日本で起こっているボトムアップの「エネルギーシフト」の解説。色々な地域ネットワークの活動やエネルギーの作り方を知ることができる。満足度★★★★★。

「企業目線」ではなく「市民目線」で、エネルギーシフトの取り組みを考えると、これこら日本で起こるであろう「電力自由化」で、市民各人の果たす役割は色々あるのではないかと思った。

この本の言わんとすることは以下の箇所に集約。

【語録】

・むしろ「小さい方」がいい。それぞれが自分にできる小さな取り組みを見つけて、具体的に進めていくことが大切。その第一歩は、僕達が「与えられたエネルギーを消費することしかできないか、か弱い存在」なのではなく、「自分達自身の手でエネルギーを創り、社会を変えていくことができるのだ」と自覚することから始まる。小規模分散型の社会を実現できる自然エネルギーは、その変化を生み出す最適ツールと言える。(P218)



2014/07/12

この世界の片隅に

かりた漫画本『この世界の片隅に』(こうの史代)を一気読み。戦時中に広島から呉に、絵描きが好きな「すず」が嫁ぐ話。そして最後には広島に原爆が・・・。読み終わって、感動の余韻が残るいい話(T_T)。満足度★★★★★。

こうの史代は『夕凪の街 桜の国』『長い道』を電子書籍で読んで感動したが、今回の、代表作ともいえる『この世界の片隅に』もベリーナイス!やはり、「こうの史代ワールド」はいいなぁ。


2014/06/18

ルーズヴェルト・ゲーム

元米国大統領ルーズヴェルト「一番おもしろいゲームスコアは、8対7だ」。

池井戸潤『ルーズヴェルト・ゲーム』を読んだ。業績不振にあえぐ青島製作所とそこの名門野球部の人間ドラマ。満足度★★★★★。

きゃなり面白かった!社会人野球の話も良かったが、並行する「新製品開発」も手に汗握る話で、ベリーナイス!現実の世界でもこんな感動を生みたい。(^-^)/

半沢直樹の「やられたら倍返しだ!」ばりの、熱い名セリフも随所に。日本人サラリーマンに池井戸潤の作品が流行るわけだ。


【語録】

・いくら環境に弄ばれようと、世の中に出るべき才能は、必ず見い出され、世に出る。そういうものなのだ。

・この工場が作っているのは、カネ儲けのためだけの製品だけじゃない。働く者たちの人生であり、夢だ。今この会社の社員として働く事に、夢はあるだろうか。「彼らに夢や幸せを与えてやる」のもまた経営者の仕事だと思うのだが。

・人員整理に踏み切らざるを得ないときもあるだろう。だが、そんな時でも「社員を人として尊敬する気持ち」が必要じゃないか。

・つまらん記事が出たもんさ。ただ、こういうのを乗り越える精神力も、「プロ」になるんなら必要なことだぜ。

・悲しい時こそ、笑っていよう。

(池井戸潤『ルーズヴェルト・ゲーム』)

2014/06/06

神去なあなあ日常

電子書籍で、三浦しをん『神去なあなあ日常』を読んだ。高校卒業の若者が林業の村へ。先日観た映画『WOOD JOB!』の原作。満足度★★★★★。

映画と少しストーリーは違った。山の美しさ、情景の表現が見事!仕事の話としては、新書『里山資本主義』に通じるものがある気がする。日本の今後の焦点は、農業や林業?


三浦しをんと言えば、代表作『舟を編む』『風が強く吹いている』。『舟を編む』は映画は観たが、原作(2012年、本屋大賞)はまだ読んでいない。『風が強く吹いている』は映画も原作もまだ。『神去なあなあ日常』が面白かったので、今後この二つを読んでみよう。

映画『WOOD JOB!』予告編

2014/03/28

岩崎弥太郎と三菱四代

河合敦『岩崎弥太郎と三菱四代』を読んだ。幕末からはじまり、三菱財閥を築いた岩崎家四代の経営者の話。満足度★★★★★。

三菱財閥の歴史。ほとんど知らなかった話で、とても面白かった。岩崎弥太郎岩崎弥之助岩崎久弥岩崎小弥太、という創始者から四人の三菱を率いたトップのストーリー。それぞれのトップが個性があり、その時代にあった経営手腕が発揮されたので成功して三菱財閥が発展した。「国との対立」「海運業を手放す」など、ハイリスクをともなう経営者の英断が凄い。また「人を育てる」重要性が随所に出てくる。ビジネス社会の荒波を乗り切る方法が随所に示され、とても勉強になった。

昨年読んで感銘を受けた百田尚樹『海賊とよばれた男』の主人公「出光興産創業者の出光佐三」と、今回の岩崎家四代経営者の話で共通点が多くある。「海運業」や「国や大企業との対立」「海外ビジネス」「人材育成」など。一人の創業者からはじまり、大企業に成長するには、経営者トップの「哲学」をベースにした「世のため、人のため」という社会的使命があって、その結果として会社が発展・永続するようだ。先に、「利益&会社成長」を掲げて成長した訳ではない。また経営者の「熱意」や「人を大切にする姿勢」が素晴らしい!

テレビ番組「カンブリア宮殿」で出演する経営者の人達の語るストーリーも、岩崎弥太郎や出光佐三の哲学と重なる部分が多いように思う。これらのビジネスの話は「共感」できることが多いので、とても面白い。一方、「金儲け」だけの話であれば、「バブル期」の話のように、一時期的で面白くないし、共感はできない。歴史的にみても、ビシネスはもちろん人間社会では「共感」が「人を動かす」のだなぁ、ということを強く意識した。



【語録】(読書ノート)

・三菱の成功の秘訣は「巧みな経営術」にあった。

・凡庸な人間でも、「必ず一つは光る才能を持っている」という。それに気付いたとき、人は脱皮して飛翔するものだ。しかし、残念ながら、自分自身で己の才能に気づくことは稀である。たいていは、親や教師から指摘を受けて、はじめて己の能力を認知する。

・吉田松陰は、そうした才能を見出す天才だった。松陰は、弟子をよく観察し、その「長所」を見極めた上で、はっきり本人に告知してやったという。

・歴史人物の面白い共通点。偉人の多くが、少年期を過ぎてからも、大風呂敷を広げ続けている。平然と周囲に「大言壮語」を吐いている。

・偉人は、大人になってからも夢や大志を捨てることがない。世の中の現実を考慮しない。どう転んでもそんな大きな夢が実現するはずがない。しかしながら、天は不思議である。そういう人物に味方する。善人や悪人の別なく、天は「大志を抱き続ける人物」を引き上げる傾向が明瞭に見てとれる。

・「願いは必ずかなう」と信じて、ただひたすらに突き進めば、不思議と夢は現実になる。一切の疑念を挟んではいけない。いくら表面的に夢は実現するんだと頑張っても、心の底でダメかもしれないと疑ってかかれば、どうやら天は味方してくれないらしい。そういう意味では、人生は「馬鹿の勝ち」である。

・諸芸に秀でようとして、枝葉末節の技術に時間をかけるのは、無能者がやることさ。(岩崎弥太郎)

・海運王。

・「学問に対する熱意」を失わなかったからこそ、のちに弥太郎は大成するのである。

・弥太郎は万が一を考えて、いつも「第四の策」まで想定して行動していた。

・会社は組織である。「社員が有能」でなければ、いくらトップが奮闘さても、絶対に会社は伸びていかないだろう。「いかにして良い人材を集まるか、また育てていくか」、それが会社の成長・存続にとって重要なのだ。

・三菱のシンボルマークであるスリーダイヤモンドは、「人」の字を形どっていると言われる。三菱がいかに「人」というものを大切にしていたかがわかる。弥太郎は、見事な社員教育と人材登用によって、「人」の能力を存分に引き出して、会社を発展に導いていったかがわかる。

・子供達を甘やかさず、厳しく鍛え上げる。「我慢する心」、すなわち「耐性」というものを幼少時代に叩き込まなければ、人は世の中の荒波を渡り切ることはできない。本当に子供のことを思うのなら、親たるものは、「子供に対して厳格」であらなければ、ならない。

(河合敦『岩崎弥太郎と三菱四代』)

2014/03/01

リー・クアンユー、世界を語る

電子書籍で、グラハム・アリソン著 『リー・クアンユー、世界を語る』を読む。シンガポール建国の父が、米中印、イスラム、民主主義などの未来について語る。満足度★★★★☆。

ビジネス書やテレビ番組「カンブリア宮殿」を多く観て、「抜きん出たリーダー」がいると、その企業が大幅に伸びることが最近よくわかった。「リーダーしだい」とさえ言える。国家であっても同じだろう。その実例が、シンガポールの指導者リー・クアンユー。大前研一の話の中で、よくこのリー・クアンユーが登場していた。

仮に、仮に、日本でそのようなリーダーが現れたら、潜在能力の高い国力のある日本は、シンガポールのように伸びるだろう。「福祉国家、環境国家、技術国家・・」として「現代の黄金の国ジパング」と言われるかもしれない。しかし、そのような傑出した指導者を「生み出させない土壌」が日本社会に、強固に形成されているという気もする。

「優れた人材」はいるのかもしれないが、よほどの事(敗戦のような)がないかぎり、そのような人材は、リーダーに選出されないシステム。「安定を望む人達」にとって、「変革を目指す人」は、例え優秀な人であったとしても、「安定を脅かす脅威」として排除されてしまうのだろう。意識的にも無意識的にも。そして、これまた企業でも同じ事が言える。

グラハム・アリソン著 『リー・クアンユー、世界を語る

【語録】

リー・クアンユーは「シンガポール建国の父」として、腐敗していた貧しい都市国家を現代国家へと変貌させた。「変革」というものを熟知している。各国の指導者は、リーの洞察力や独創性からヒントを得てきた。「舵取りするヒント」を「リーの戦略的思考」に見いだしている。「分析が深く、優れている」がために、「会って教えを請うべき人物」と見なされた。現代の指導者の中で、大きな影響力の持ち主であるとともに、「独自の戦略的思考を編み出した思想家」でもある。

・「他に抜きんでる」ことで勝ち組になろうと考える。優れた知性や規律、創造力が、資源の代わりになる、と考えた。

・中国には「世界で最強の国家になろう」という意図がある。他の新興諸国と違い、中国は中国として存在し、「欧米の名誉会員」としてではなく、「中国として受け入れられる」ことを望んでいる。

・シンガポールは「儒教の教え」は中国と共有。英語を第一言語にし、中国語を第二言語として確立する取り組みをしてきた。理由は、「世界言語」というだけでなく、「英語の思考法」によって、新しい発見や発明につながる効用を考慮し、世界に向けて門戸を開放するためだ。狭い都市国家でそれができたのは「強いリーダーシップを発揮」したからだ。中国の言語障壁は深刻。

2014/02/14

アグリゲーター

芝沼俊一、瀬川明秀『アグリゲーター』を読んだ。5年後に主役になる働き方。今後は2社以上で仕事をするといった組織の枠組みにとらわれずに、「自由に活躍できる人材」が登場する。彼らを「アグリゲーター」と呼ぶ。満足度★★★★★。

芝沼俊一、瀬川明秀『アグリゲーター

テーマは「企業変革」と「人材育成」を同時に解決する。キーワードがタイトルの「アグリゲーター」。「アグリゲーター」とは、アグリゲートする(集める)能力を持っている個人という意味。アグリゲートとは、「短期間に社内外の多様な能力を集め・掛け合わせて、徹底的に差別化した商品・サービスを市場に負けないスピードで作り上げるやり方」のこと。

とても興味深い内容で、面白かった。『ウィキノミクス』で書かれる「マスコラボレーション」を意識して、日々の研究開発や売り込みの仕事をしているが、個人の働き方としては、この「アグリゲーター」の話がとてもしっくりきた。「そうそう、まさにコレだよ」という感じ。藤原和博『つなげる力』という感銘を受けた本の内容に近い気もした。

「20世紀の工業化社会」から「21世紀の知識社会」の変化に対して、「個人の働き方」が変わる。まさに、その「変化点、過渡期」なのが現在だと思われる。「アグリゲーター」を意識しながら、日々の仕事(ビジネス)をして行こう。5年後、10年後に振り返ったときに、この「変化点、過渡期」の意味するところを実感できるのだろう。組織や、もっと広く社会の中で、新しい職種「アグリゲーター」という役割を果たすことで、個人としての「付加価値の寄与⇒差別化」ができる予感がする。

【語録】

・ビジネスの世界では、戦う時間が限られている。手持ちのリソースも限られている。この制約条件の中で勝つ方法には2つある。1つは「アウトソーシング」。戦える事業に資源を集中し、競争力のない部分を外注していくことだ。そして、もう一つが「アグリゲート」(集める)である。ゴールを達成するため、必要に応じて企業内外から貪欲にリソースをかき集めてきて、一気に達成するやり方である。

(芝沼俊一、瀬川明秀『アグリゲーター』)

2014/01/26

小説『清須会議』

「民の心を掴んだ者」が天下を取るんだ。

三谷幸喜『清須会議』を読む。織田家の跡取りを決める会議。独白(モノローグ)の形式。シナリオ風の現代語訳の心理描写が面白い!満足度★★★★★。

小説『清須会議』(※秀吉の手にはスマホ)

先に映画『清須会議』を観ているので、各登場人物のイメージを頭の中に描きやすかった。そして、映画では語られなかった、登場人物達の「心理描写」が、しかも「現代語訳」で書かれているところがミソ。三谷幸喜の「遊び心」満載。

ストーリーも、映画を観て結末を知っているのに、ハラハラドキドキで面白かった。絶対不利な状況の秀吉が、黒田官兵衛の「入れ知恵」を駆使して、あの手この手で、自分が有利な状況へもっていく。柴田勝家も「負けじ」と、勝家なりに戦術を繰り出す。

柴田勝家(権六・親父殿)、羽柴秀吉(藤吉郎・筑前)、丹羽長秀(五郎左)、滝川一益(左近将監)、明智光秀(日向守)、池田恒興(勝三郎)、前田利家(犬千代)、黒田官兵衛、前田玄以、堀秀政(久太郎)、寧、織田信長(お館様)、織田信忠、織田信雄(三介)、織田信孝(三七)、織田信包(三十郎)、お市、松姫、三法師。

清須会議」というイベントにまつわり、これだけの歴史上の人物が一挙に出てくる。映画の途中では、誰が誰だかよくわからなくなるときもあったが、登場人物の独白(モノローグ)の形式で話が展開する小説は、その点、とてもわかり易かった。『清須会議』という作品は、「映画⇒小説」の順番でセットで味わうと、「三谷幸喜時代劇ワールド」の理解がより深まりやすい。

「会議という名の戦(いくさ)」。これは、現代の企業や組織にも通じる部分が多そうだ。根回し、戦術の重要性。結果は戦が始まる前に大部分は決まっている。司馬遼太郎『太閤記』を読んだときも感じたが、秀吉の「人心掌握術」はとても勉強になる。「歴史」を知る重要性は、こういうところにもあるんだな。今回の小説版でも大活躍の「黒田官兵衛」。ますます、どんな人物だったか知りたくなってきたぞ。しかし、放映中のNHK大河ドラマ「黒田官兵衛」は観る予定はないが・・。